祗園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり
娑羅双樹の花の色
盛者必衰の理をあらはす…
みなさん、こんにちは!竹内直紀です😆
これは皆さんよくご存知の平家物語の冒頭ですね。
隆盛を極めた平家が源氏の台頭によりその地位を奪われ、そして壇ノ浦の戦いで滅ぼされる栄枯盛衰が描かれており、平家一族の壮絶な運命が描かれています。
最近では大河ドラマ「鎌倉殿の13人」アニメでも「平家物語」が放送されるなどちょっとした話題となっていますね。
さて今回の伝言板は、なぜそのような話をするかと言うと、前々回の伝言板で「源氏物語」の紫式部を演じた際の写真のインパクトが強かったらしく(笑)どのような経緯であのような姿になったのか、そして他にもいろいろと歴史物のオペラに出演した経験談などもあり、この伝言板にて数回に渡りお話できたら、と思いました。
一大長編歴史スペクタクルとなりますので、どうぞ皆さまお時間があります時にゆっくりとお読みくださいませ😅
まずは「平家物語」といえは、源平の争乱から鎌倉幕府の成立の辺りまで、勇壮な軍記物語ですが、冒頭にもあるように、その「無常観」がテーマと言ってもいいかもしれません。おそよ800年前の書物から今も学ぶところはたくさんあると思います。
まずはその長大な物語の中から僕のお気に入りのエピソードを一つご紹介いたします。
「平家物語」の中の【横笛の章】です。
紀州かつらぎ・天野の里に伝わる
娘「横笛」の悲恋物語でもあります。
実は以前、和歌山県のかつらぎ町で行われた
ふるさとオペラ「横笛の詩」という作品の中で、横笛と恋に落ちる、のちの滝口入道にあたる斎藤時頼役を演じたことがあります。
あらすじをご紹介します。
時は平家一門が栄華を謳歌していた頃
平重盛の家臣で武士である斉藤滝口時頼は、ある宴の席で建礼門院に仕える横笛の舞に魅せられ、時頼は一瞬で恋に落ちます。
しかしながら平家一門の武士と雑司女(ぞうしめ)である横笛とは身分が違い、時頼の父茂頼は決して二人の仲を許しませんでした。
時頼は悩み、ついに嵯峨野の往生院(滝口寺とも呼ばれています)へ出家してしまいました。
諦めきれない横笛は時頼に逢いに往生院まで行くのですが、修行の妨げということで会うことはかないません。
横笛は恋の悲しみのあまり、自らの血で
「山深み 思い入りぬる 紫の 戸のまことの道に 我を導け」
と歌をしたためます。
時頼は横笛を愛するが故に苦しみます。 再び来られたならもう拒むことはできないと、とうとう女人禁制の高野山へ 登ります。
横笛は時頼に逢えないのならせめて心だけでも繋がろうと法華寺で出家します。
その後、病にかかった横笛は、時頼のいる高野山のすぐ麓の天野の里で、けなげにも待ち続けます。
時頼は横笛の病の床に
「高野山 名をだに知らで 過ぎぬべし うきよよそなる わが身なりせば」
と歌を送ります。
横笛は
「やよや君 死すれば登る 高野山 恋もぼだいの たねとこそなれ」
と返します。
そして横笛は天野の村人に見取られながら、19歳の春に亡くなってしまいます。
その後、時頼は横笛の想いを胸にますます修行を重ね、高野山大円院の第八代住職となり「高野の聖」と言われる高僧になったとのことです。
【エピローグ】
滝口入道が、ある日のこと庭で梅の枝を眺めていると、どこからともなく
一羽の鶯が飛んできて、その枝にとまりました。鶯は鳴き続けた後、庭の井戸に力尽き落ちて行きました。
この鶯こそ、横笛の化身と悟った滝口入道はその亡骸を阿弥陀如来像の中に手厚く葬られたのであります…
高野山の大円院にはその井戸と梅の木が残されています。
そして天野には村人が哀れんで弔った「横笛の恋塚」があります。
僕も実際に訪れたことがあります😊
このかつらぎ町で行われたふるさとオペラなのですが、この中には実際の高野山の僧侶様も出演しておられ、その中で僕も位の高い法衣を着させていただきました。
若いお坊さんがちょっと触らせてくださいと仰ってたのは面白かったです😄
独り言ですが、YouTubeで「横笛の詩」と検索すると何かが見れるかもしれません😆
そして平家物語の本流へと戻りますが、この滝口入道ですが、「平維盛」の出家と入水を看取った人物としても有名です。
実はですね、この「平維盛」も演じたことがあります。偶然とはいえ、なんとも不思議な縁を感じずにはいられませでした😊
僕が平家物語にハマっていったきっかけともなりました。
さて、この「平維盛」編は、またいつかお時間がございましたらご紹介いたしますね!
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました🙇♀️
またお逢いしましょう!
竹内直紀でした。